私の身体は驚くほどに軽い。身体は自由に動く。ただ暗闇だけが、私を恐怖と共に包んでいる。私を呼ぶ声は益々大きくなって来た。返事をしようとしても声が出ない。漸く全身の力を振り絞ってかすかに返事をした。
呼ぶ声は小さくなったが、耳の底に響いてくる。
「晃隆、お前は未だ死んでいない。此岸に居るがの、わしの言う事をよく聞け。」
「あツ、お父さん。」
それは懐かしい父の声であった。
「そろそろと前に進め。そう、手探りでゆっくり進め。お前の前には、三途の川が流れておる。大きな激しい流れの音が、響いておるじゃろう。堕ちたら最後、地獄まで流れていかにゃあならん。用心して右に往け。用心するんじゃぞ、落ちたらおしまえじゃ。もう少し右に往くと、六道橋と書いてある橋がある。それをゆっくりゆっくり手探りで這ってこい。」私は言われる儘に手探りで這いながら、身体の内側から、段々と暖かくなって来るのを感じた。すると、少しずつ明るくなってきて、ぼんやりとぼんぼりの様な明るさが漂って来た。
「晃隆、そこまでじゃ。此の橋を渡ってしまうと、彼岸じゃ。そこが橋の中ほどじゃ。おまえが、お盆を前に断食して精進潔斎して供養してくれたお陰で、こうして彼岸から懐かしいお前の顔を見に来れたのじゃ。有り難う、有り難う。一族みんな幸せにのう。いいか、大きな声で念仏を唱えて、わしに聞かしてくれ。ばあさんもここにおるでのう、喜んでるぞ。」「はい、南無」と声をしぼり出し、ついた手を離して掌を合わせた途端大きく転んだ。転びつつ「阿弥陀仏」と言った途端、瞬間ではあったが懐かしい父母のほほえんでいた生前そのままの姿が見えた様に感じた。
私はベッドより転げ落ちそうになって、目が覚めた。何とも不思議で素晴らしいゆめだっただろう。単なる夢ではない、『夢幻』としか言いようが無い。 |