龍谷大学の同期会で私たち夫婦が奈良を訪れた時、興福寺の阿修羅像は東京福岡出張中でご不在であった。
福岡の国立博物館御滞在の阿修羅像にお会いできることは大変嬉しい。阿修羅は古代インドのヒンズー教の鬼神で、「頭に千顔あり、九百九十の手あり六脚あり」「萬頭二萬手」とも言われる神で、お釈迦様に諭され導かれて、仏教に帰依し、仏教保護の神と成ったとされる。千手観音の前身と理解されなくもない。
 貴族が優雅な生活を満喫し、庶民は農奴の如く悲惨貧苦に苦しんでいた時代に、その病苦や災難を救う仏として、薬師如来が薬王如来として病苦から救い、観音菩薩が抜苦与楽の仏として崇拝され、僧侶は、薬草を服用し、心身を癒してくれ、瑠瑞光浄土の使者の医師として、また最新技術を持つ土木技師として尊敬崇拝され、さらにこの世を終われば西方極楽浄土への導師として、信仰尊敬された。しかし、後世僧侶の横暴が、遷都へと繋がり、仏教本来の姿、僧侶本来の修行心と布施行が失われ、民心は絶望の奈落へ突き落とされた。正にその時、阿修羅像が創られ、如何に多くの庶民の支えになったことだろう。
 諸説あるが、「修羅」とは悲惨・残忍・恐怖等を表す言葉である。戦争は正に修羅の巷(ちまた)であり、悲惨のきわみ地獄を意味する。「阿(aア)は否定を表す梵語の接頭辞で、「修羅の完全否定」平安を意味すると理解できるだろう。たとえば「弥陀(ミタ)」は有限を意味し、「阿」が付く事で「無限」「無量」「永遠不滅」「完全完成」を意味している。それが「阿弥陀仏」であり無量寿・無量光と漢訳され、「絶対信順・信頼・帰依」の「南無」をつけて「南無阿弥陀仏」と称するのである。
 阿修羅像の朱面は、火を表し、罪障煩悩欲望を焼き尽くし、明るい未来を表していると見てよいだろう。正面で合掌している姿は、釈迦の教えに帰依随順して居る姿、手を下ろしている姿は煩悩を捨て去り過去に懺悔している姿、挙げている両手は歓喜勇躍の姿と思われる。み仏の教えに会う前のわが身を恥じ、み仏の教えにあって感謝し、未来へ向かって、永遠の幸福を謳歌している、それが「阿修羅」像ではないだろうか。
 世界中で宗教に名を借りた破壊・虐殺が横行し、正義だ正教だ聖法だと殺掠し合っている現実、それはその宗教に名を借りたトップの、一握りの政者リーダーの利益と幸福のための騙しのテクニックに他ならない。奈良朝時代の農奴や大衆の貧苦と隷属の上に成り立つ似非(えせ)宗教と同じである。お釈迦様は「佛佛相念」と仰せられ、お互いに尊敬し合い、感謝し合うことこそ、永遠の平和お浄土であると教えられた。南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏